このアーティストの名前は、「ベニト・レルチュンディ」と発音する。Xの文字は読み慣れないが、これを多用するのはバスク語の特徴である。日本にキリスト教を伝えたことで、小学生にも名前が知られているフランシスコ・デ・ザビエル(Francisco de Xavier)も実はバスク人。「バスク」というと、最近、話題になっているチーズケーキをすぐに思い浮かべるかもしれないが、バスクの文化的魅力はけっしてそれだけではない。
さて、レルチュンディはバスクを代表する音楽家で、強いてジャンル分けするならばトラディショナルなフォーク・ソングと言えばよいだろうか。アコースティックで、哀愁の漂うギターとボーカルが特徴である。なお、彼の音楽は、アイルランドやブルターニュ等に継承されるケルト音楽にも通じる響きが感じられるが、実際、レルチュンディはケルトの音楽を研究していたようである。
レルチュンディの経歴はユニークで、もともとは音楽ではなく美術学校で学び、最初の仕事はなんと木彫作家であったとのこと。その後、サンセバスチャン市の新聞社が主催する歌唱コンテストで優勝し、プロの音楽家に転身。そして1971年に最初のLPをリリースして以降、現在までに計16枚のソロアルバムを出している。1942年生まれなので、2020年で78歳。バスク人の友人から聞いた話では、近年は認知症のため音楽活動は行っていないとのことで、とても残念である。
前置きはこのくらいにして、実際の音楽に話を移したい。ここで紹介するのは、1989年リリースのアルバム“Pazko Gaierdi Ondua”から、“Oi Laborari Gaixua”という曲である。実は、レルチュンディのソロアルバムでありながら、この曲はハープ奏者のOlatz Zugasti(オラツ・ズガスティ)によるハープの弾き語りの曲で、一聴したところではまるでズガスティの曲のようである。
上手いというよりはむしろ朴訥なボーカルが、簡素なメロディを淋し気に歌いあげている。その優しく内省的な歌声は、まるで木々の梢(こずえ)の間から漏れ聞こえてくるようで、自然と染み入ってくる。ズガスティが優雅に爪弾くハープは、音の合間にも静謐な詩情があふれている。この美しい曲を聴くたびに、音楽が持つ根源的な魔力のようなものを私は感じるのだ。
もっとも、この曲だけでなく、このアルバムの全曲がとても素敵な音楽である。というか、レルチュンディの作品はどれもみな素晴らしいので、もしこの曲が気に入ったら、他の曲もぜひ聴いてみていただきたい。YouTube等で検索すれば、すぐに見つけることが出来るのだから。
これがまさに、芙蓉の花言葉のごとく繊細で、不朽なる音楽。
参考サイト:http://www.euskalnet.net/turibeechevarria/html/en_bio.htm