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高齢文化論〈3〉──恍惚の人

太下義之太下義之│Yoshiyuki Oshita8 Jul.2020

文学の本質的な主題が、人間の生と死を描くものであるとすると、「老い」はその主要なテーマの一つとなるであろう。その中でも、「介護」は現実社会と文学との接点として、極めて重要である。

この「介護」というテーマをいち早く扱った文学作品が、1972年に発行された有吉佐和子の長編小説『恍惚の人』である。同書は認知症(小説では「痴呆」と表現)となった舅の介護に忙殺される主婦の姿を描いた小説である。

 

『恍惚の人』の社会的影響

 

同書は72年の年間売上1位のベストセラーとなり、書名の「恍惚の人」は当時の流行語となった。翌73年に映画化されたほか、たびたびテレビドラマ化や舞台化もされた。こうした関心度の高さから、『恍惚の人』は日本の社会にさまざまな影響を及ぼすことになる。

第一に、高齢者の介護と認知症が大きな社会的問題としてスポットが当てられることになった。それまでは、認知症高齢者の介護は、「家の中の秘めごととして他人には漏らさない」状況であり、あくまでも家族内部の問題として扱われてきた。これが社会問題として認識されるようになったのである。

影響の第二点としては、認知症が社会的に認識された一方で、「『恍惚の人』の老人のようにはなりたくない」という恐れとともに、認知症に対する偏見や誤解が定着してしまったことである。『恍惚の人』では作中にて、老人の醜態は、その実子である信利に「醜い姿をさらしながら饐え腐っていくような、そういう枯れはぐれ、朽ちそこないにはなりたくない」との思いを抱かせる。また、主人公の主婦には「長い人生を営々と歩んで来て、その果てに老耄が待ち受けているとしたら、では人間はいったい何のために生きたことになるのだろう」と独白させている。『認知症はこわくない』(2014年)の著者で、精神科医の高橋幸男は、「『恍惚の人』以来、国民の多くが認知症に対する強い偏見・誤解を持つようになり、悲惨さが前面に押し出された認知症は受け入れられなくなった」と指摘している。

第三に、当時の日本の認知症対策は、急速な高齢化に対応できておらず、非常に未整備であるという認識が広まった。厚生労働省もこの事実を追認しており、「1970年代までの認知症対策は、在宅介護では家族がほとんど支援を受けることはなく、精神病院や施設に入っていた者に対して一部では身体拘束や薬による抑制が行われているなど、対応が遅れていた」と06年の白書に明記している。

なお、『恍惚の人』発表の翌73年には、老人福祉法改正(老人医療費無料化)、健康保険法改正(家族7割給付、高額療養費)、年金制度改正(給付水準引上げ、物価・賃金スライドの導入))等が軒並み実施され、当時の田中角栄内閣は「福祉元年」を宣言した。

 

「恍惚」後の社会

 

このように、『恍惚の人』は日本の社会および福祉政策に多大な影響を及ぼした。しかし、はたしてそれらの対応は高齢化の実態に対して十分であったのだろうか。

同書の終盤で大学生のカップルが登場するが、主人公の主婦は「彼らはあまりに若いので、自分たちが齢をとることなど考えることができない」と感じる。この大学生を当時二十歳であった仮定すると現在68歳となり、立派な高齢者である。『恍惚の人』という強烈な洗礼を受けたはずのこの世代は、社会人としての現役時代に、超高齢社会を前提とした社会を構築することがはたしてできたのであろうか。その問いは、この世代が自ら受けることになる介護を通じて検証されることになるのであろう。

初出:『改革者 2020年7月号』 政策研究フォーラム

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