文化政策を専門とするシンクタンクActive Archipelago(共同代表:加藤種男、太下義之)[*1]は、新型コロナウィルスに向き合う文化政策の提言をまとめ、4月21日に発表する。文化の振興に対して、今般の事態が未曽有の危機であると認識し、過去に例のない100億円規模の「21世紀版・文化のニューディール政策」等を提言する。
1. はじめに
新型コロナウィルス(以下、コロナ)の感染症が、全世界的かつ急速に蔓(まん)延するおそれがある状況のなかで、日本国内での文化事業の中止や延期等が既に多数発生しています。
文化事業は、一つの場所に多くの人が集まることを前提とした事業が多くあり、また、その存在感が社会的に目立つこともあり、文化事業の業界は、政府からの要請に基づき、4月7日に政府が発令した緊急事態宣言の1カ月以上前から、他の業種に先駆けていち早く公演展示等を感染防止の観点から「自主判断」で中止してきました。当時は、新型コロナウィルスに大規模な感染リスクがあることについての国民的理解が浸透していない段階でしたが、その後のコロナの感染被害を勘案すると、文化事業の業界のいち早い「自主判断」が日本全体に対して、いわゆる「炭鉱のカナリア」の役を果たしたともいえます。
一方、文化事業の業界は、見た目は派手ではありますが、経済基盤がぜい弱な事業者が多く、また、この業界で活躍する人は社会保障などが充実していないフリーランスが多い、という特性があります。こうしたことから、公演展示等の自粛が直接、組織団体としての継続に甚大な打撃を与えています。もちろん、コロナによって打撃を受けたのは、飲食業界や宿泊業界等、多くの業界も同様かと思います。ただし、上述した通り、文化事業の業界は他の業界に先駆けて、かつ、大規模な事業の中止を感染防止の観点から「自主判断」しています。現在のような危機的な状態が続けば、他の業界に先駆けて、経営破綻が続出すると懸念されています。そして、文化活動を支える専門家たちの活動や生活が持続できなくなってしまう懸念が高まっています。すなわち、文化事業の業界は、「コロナ倒産」の連鎖においても再び「炭鉱のカナリア」の役を果たすことになるかもしれないのです。
今般のコロナを巡る騒動が終息した後、多くの国民の生活に欠かせない文化芸術の催しが再び開催されるようになることが期待されます。しかし、「炭鉱のカナリア」である文化関連の事業者が軒並み倒産してしまったら、たとえコロナの影響が収束しても、私たちは文化芸術をかつてと同様には楽しむことができなくなります。
そこで、文化セクターに対する緊急かつ強力な支援が必要と考えますが、本提案は文化セクターだけを特別扱いで支援すべきだという提案ではありません。
むしろ、文化セクターが率先して、コロナによってダメージを受けたあらゆる業界や、とりわけフリーランスとして働く人々と連携し、みなを支援する政策を提言していくイニシアティブをとることが望ましいと考えます。
なお、文化団体(法人)への支援と、アーティストや専門家個人(フリーランス)への支援は、対応が異なると考えられますので、以下において順次提案します。
2. 文化団体の支援に関する政策提言
文化団体に関して、以下の6つの政策提言をします。 なお、ここで言う「団体」とは、具体的には、劇団、楽団等の実演家の団体、劇場・音楽堂、美術館・博物館、ギャラリー、映画館、ライブハウス、クラブ等の文化施設、そして中間支援等のアートNPOやアート・プロジェクトの実行委員会等、さまざまな文化関係団体を含んでいます。
1 公演展示の中止等の損失補償に係る政策提言のイニシアティブ
まず緊急の対策として、公演展示の中止等の損失補償が必要です。ただし、この場合、文化関連団体だけではなく、飲食店や宿泊施設、交通事業者まで、コロナへの対応が原因で損失を計上した全ての事業分野に公平な条件で補償すべきだと考えます。上述した通り、文化セクターは、こうしたさまざまな業界に率先し、政策提言のイニシアティブをとることが求められます。
2 助成金における「クリエイティブ・チェンジ」の容認および「Bプラン」の策定
日本の多くの文化団体は、国や地方自治体等から助成金を得て、文化事業や文化活動を実施しています。ただし、コロナの影響で、当初予定していた事業を中止または延期せざるを得ない状況にあります。こうした背景を踏まえ、既存の助成金に関しては、参加するアーティストの顔ぶれ、演目、会場、時期、実施方法などに関して、柔軟な変更「クリエイティブ・チェンジ」を認めるべきと考えます。
また、コロナへの対応に伴い、今後もどのような変更が生じるか予断を許しませんので、当初計画していた事業が中止または延期となる事態が想定されます。この場合、当初の計画に代わるクリエイティブな「Bプラン」を策定・実施することが望まれます。この「Bプラン」に関しては、緊急事態が発生してから検討するのではなく、当初の時点から、あらかじめ「Bプラン」を策定しておくことが必要だと考えます。そこで、こうした「Bプラン」の策定費用についても、補助対象とすべきと考えます。
3 公的資金の注入
文化団体に向けた今一つの政策は、経営危機に陥る懸念のある文化団体に対する、長期かつ無利子の貸付です。ただしこれについては、「長期かつ無利子の貸付」が実質的にエクイティ(資本)の注入であると、会計上見なされてしまうかもしれません。この場合、株主としての権利(議決権等)が無いかたちで実施することが肝要です。下手をすると、国家による文化団体の経営監視とみなされてしまうかもしれません。まさに、アームズレングスの原則(国家等による文化への不介入)に関わる大きな問題となりますので、慎重な運用が必要となります。
4 21世紀版・文化のニューディール政策
現状で、文化団体が国や地方自治体等から受けているさまざまな支援は、概ね「助成金」です。これらの助成金の補助率は50%が上限であるケースが多いようです。逆に言えば、残りの50%にいては、自己資金で調達することが求められています。そして、文化団体はこうした助成の形態に対応するため、公演や事業におけるチケット代金や入場料等で、この自己資金分を回収するという事業モデルを構築してきました。しかし、現下のようにそもそも公演等が実施出来ない状況においては、もはやこの事業モデルは成立しません。すなわち、文化団体の支援に関しても、従来とは全く異なる資金の提供方法が必要だと考えます。このことは、今後コロナの影響が軽微となる「コロナ後」の文化政策においても同様にあてはまります。
今般のコロナによる経済への打撃は、2008年のリーマンショックを超えるとも言われています。このような経済危機における文化政策としては、かつての米国の大恐慌期(1926年~1941年)における、いわゆる「ニューディール政策」が参考になるのではないでしょうか。この「ニューディール政策」においては、多数のアーティストや文化事業の関係者(たとえば、小道具の製作者等)が専門職として雇用されました。そして、多数の文化事業や創作活動が実現しました。
もっとも、雇用環境が米国とは全く異なる日本においては、アーティストを公的セクターが直接雇用するという政策の導入は現実的ではないと考えます。今日の日本で展開する場合は、文化事業を(「助成」するのではなく)「委託」することが望ましいと考えます。たとえば、コロナが沈静化した時点で、1団体あたり「1,000万円」の委託事業を想定して、1,000団体に委託すると、合計100億円規模の支援となります。
そして、こうした文化事業の委託を全国で実施するためには、国(中央)が直接実施するのではなく、都道府県や政令市等に委任して実施することが現実的かつ効率的だと考えます。この場合、当該自治体に「アーツカウンシル」的な機能が設置されていることが望ましいでしょう。「アーツカウンシル」的な組織がある自治体に優先的に資金を配分することも一つの方法かもしれません。
5 財源としての「官民ファンド」の活用
官民ファンドとは、「国からの出資、貸付け又は補助金の交付を受けた株式会社等の法人が、企業等に対する出資、貸付け、債務保証、債権の買取り等(以下、これらを合わせて「支援」という。)を行い、政府の成長戦略の実現等の政策的意義があるものに限定して、民業補完を原則とし、民間で取ることが難しいリスクを取ることによって民間投資を活発化させて、民間主導の経済成長を実現することを目的とするファンド」[*2]であるとされます。
その意味では、今回のコロナ危機への対応は、「政策的意義」があり、「民業補完」であり、「民間で取ることが難しいリスクを取る」こととなり、「民間主導の経済成長を実現する」ことになると期待されるため、まさに官民ファンドによる支援がふさわしいと考えます。
なお、近時の官民ファンドに対する評価については、「「ゾンビ救済機関」との批判も…官民ファンドは全廃も考えた方がいい」[*3]、「「官民ファンド」の失敗 店じまいを考えるべきだ」[*4]、「クールジャパン機構、累積赤字179億円、成果乏しく存在意義薄く」[*5]、「革新投資機構が新体制 存続させる意義はあるか」[*6]等、厳しい批判がなされています。そこで、官民ファンドの評価をV字回復させるためにも、今こそ、文化セクターを中心とするコロナ対策にその資金を活用することが望ましいと考えます。
このように、当面は官民ファンドを緊急支援の政策の原資として活用しつつ、中期的には、後述するようにブロックチェーン等の新しい財源も模索する必要があると考えます。
6 コロナ後のための基金の整備
もし今後、今般のコロナと同様の危機が生じた場合、それに対応するための基金を整備する必要があると考えます。
たとえば、コロナ対応のための自粛が解除された後、再開されるコンサート等のチケットに「CORONA BOOST(仮称)」といった名称で料金を上乗せします(たとえば、本来9,000円のチケットであれば、1,000円を上乗せして、計10,000円で販売するというイメージ)。
そして、その「CORONA BOOST(仮称)」の分(上記の例でいえば、1枚のチケットあたり1,000円)と、主催の事業者が同額(1,000円。つまり計2,000円となる)を拠出し、それを業界全体の基金として積み立ててはどうでしょうか。この基金は、将来において、今般のコロナのような危機が生じた場合等に対応するための原資として活用されることになります。
さらに言えば、これを地方自治体として支援するという方法も考えられます。上記の仕組みをある自治体で開催するコンサートに関しては、当該自治体も一人当たり同額(1,000円)を拠出して積み立てることを前提条件に、この仕組みをまずは同自治体内で開始するというアイデアです。これが実現すれば、いわゆる「〇〇とばし」と呼ばれる現状があったとしても、むしろ積極的に当該自治体でコンサート等の文化イベントが開催されるようになると期待されるのではないでしょうか。
このアイデアは一つの例ですが、「現状に対する緊急支援」だけではなく、あわせて「コロナ後のクリエイティブな政策」についても検討が必要でしょう。
3. 個人の支援に関する政策提言
一方、個人に対しては、まずは、(これもアート業界だけに限定しない政策ですが)「ベーシックインカム」をこの際、チャレンジしたら良いのではないかと考えています。本提言を執筆している最中に、政府・与党は、新型コロナウィルスの感染拡大を受け、国民1人あたり10万円を給付することを決めました。今後は状況に応じて、給付の期間・回数を増やすことも必要と考えます。
1 ブロックチェーンを活用した新しいアートマーケットの創出
仮に「ベーシックインカム」が実現したとしても、それは生活の補償をするだけであり、アーティストがアーティストらしく生きること、すなわち作品を制作することに対応する支援政策とはなりません。そこで、アーティストに作品の制作を委託することが、異次元レベルの政策として考えられます。これは巨額の予算を必要としますが、文化を振興するという観点から、文化政策の範疇で実施することが出来ると考えます。
ちなみに、この作品制作の委託という政策では、出来上がった作品の所有権が政府に帰属する場合もあるでしょう。つまり、政府の資産になるわけです。そして、委託する対象をしっかり吟味して選定すれば、これらの作品の価値は、中長期的に上昇することが期待されます。そのように考えると、これは単純な支援策というよりは、中長期的な投資とみることもできます。
そこで、一つの思考実験として、ブロックチェーンを活用した若手アーティストの育成施策としてのデジタルアーカイブについて検討してみたいと思います。[*7]
プロジェクトの手始めとして、まず、若手アーティストを支援するという志と、アートを巡る経済を活性化させるという企業家精神にあふれる投資家を募って、アーティスト支援のためのファンドを組成します。そして、このファンドの運用は、ブロックチェーンに基づく通貨(たとえば、ビットコイン)に限定して行うことを前提とします。
そして、日本を代表する芸術系の大学等と包括的な協定を締結したうえ、当該大学(教授)の推薦により、当該年度に大学を卒業・修了する学生のうち複数名を対象として、卒業・修了から複数年度(たとえば、3年間)にわたって、毎年、ある程度の金額(たとえば、300万円/人・年など)で作品を買い上げていくこととします。
一般に芸術系大学を卒業・修了したとしても、すぐにアーティストとして十分な収入を得られるわけではありません。こうした状況においては、上記のような作品の買い上げは、若手のアーティストにとって得難い支援になるはずです。なお、作品の買い上げおよびその後の売買にあたっては、上述したブロックチェーンで決済を行うことをアーティストも了解のうえ購入します。
ファンドが購入した作品は、ある意味で日本を代表する若手アーティストの作品と位置付けられるため、当面の間は、多くの日本人や訪日外国人が鑑賞できる場所(たとえば、国立美術館、羽田空港・成田空港、等)で定期的に展示を行うことが望ましいでしょう。このような展示も、当該アーティストのプロモーションとなるため、非資金的な支援となります。
このように支援したアーティストのうち、全員ではないものの、相応の数のアーティストは、その後に日本を代表する中堅アーティストとして活躍していくことが期待されます。そして、作品の購入から一定期間が経過した後には、これらの作品の市場価値も相当に増加しているものと推測されます。
そこで、一定期間の後に作品の価値が相応に増加した場合(たとえば、10年後に価値が2倍になったとすると、利率7%/年相当)、ファンドは当該作品を売却することとします。この取引においてもブロックチェーンで行うこととし、その条件は二次取引以降の購入者にも課せられるものとします。
このような売買において、従来の仕組みであれば、作品の価値の増加分の利益は、作品の所有者が独占していました。ただし、現在、ヨーロッパでは「追及権(Resale Royalty Right)」という課題が生じています。これは、アーティストの作品が転売される場合に、作品の売価の一部をアーティストが得ることができる権利のことです。
ヨーロッパにおいては、欧州指令(Directive 2001/84/EC of the European Parliament and of the Council of 27 September 2001 on the resale right for the benefit of the author of an original work of art)によって、この追及権が導入されており、その徴収率は売買価格によって、4%~0.25%と設定されています。
本提案においては、作品の売買をブロックチェーンで行うことを前提としているため、二次取引だけでなく、それ以降のn次売買に関しても、取引の事実及び取引価格の情報を把握することが可能です。したがって、売買価格に基づいて、一定額を徴収し、それをアーティストに還元することが可能となります。すなわち、今、EUで議論されている「追及権」を実装することが可能になるのです。
さらに、このようにブロックチェーンを通じて、多くの作品の売買が行われるようになると、それに付加して、展覧会等への作品の貸し出しや出展の記録も、同じブロックチェーンで管理できるようになりますが、このデータはそのまま現代美術のアーカイブとなる可能性を秘めています。
このプロジェクトにおいては、ブロックチェーンでアート作品を転売した場合の利益を、アーティスト(追及権)、所有者(転売利益)、アーカイブ(運営経費)で3分するのが良いのではないかと考えています。こうした「利益三分」の原則が導入されれば、デジタルアーカイブの構築・運用の経費をまかなうこともできると期待されます。また、このデジタルアーカイブは公正な取引のプラットフォームともなるので、コレクターや美術館にとっても有益な存在ともなります。
このようなアートプラットフォームができれば、コロナ騒動以降も、アーティストが活用するのではないでしょうか。将来の転売利益が自分に還元されることになるのですから、アーティストにとって魅力的なマーケットになるはずです。これは、文化庁が政策の一つで掲げている、アート市場の拡充に直結すると考えます。
なお、以上の提案は、主に美術系のアーティストを想定したものとなっています。フリーランスのアーティストは、もちろん美術系以外に、演劇やダンス等、さまざまな分野に存在すると承知しています。これらのパフォーミング・アーツのアーティストに関しては、上記のような作品購入型の支援ではなく、「2.文化団体の支援に関する政策提言」の「④21世紀版・文化のニューディール政策」において対処することを想定しています。
2 アーティスト・データベースの整備
上述したような緊急支援を大規模に実施することにより、当該支援に応募したアーティストやクリエーターの情報が大量に集積することになります。そこで、今回の支援を契機として、フリーランスのアーティストやの人名録(アーカイブ)を作成することが望ましいと考えます。
今回の緊急支援が完了し、コロナの緊急事態宣言が解除された後には、様々な場面でのアーティストやクリエーターの登用に利用されることが期待されます。たとえば、2018年に学校における芸術教育に関する事務が文部科学省から文化庁に移管されていますので、アーティストを講師として学校等に派遣する際のデータベースとして活用することも期待されます。
4. おわりに
今般のコロナがもたらした危機は、それ自体による疾病の恐怖だけではなく、たとえば、国と国との分断、世代間の不寛容、フリーランスや脆弱な文化セクターを直撃することによる経済格差の加速など、現代の病理をさらに悪化させたと言えます。
もしかしたら、「コロナ以後」の世界は、もはや「コロナ以前」の元の世界に戻ることはないのかもしれません。
一方で、過去の疾病の流行においては、たとえば、ペスト(ボッカッチョ『デカメロン』、デフォー『ペストの記憶』他)、コレラ(マン『ヴェニスに死す』他)などの危機の時代を体験した芸術家が、その後に優れた芸術作品を生みだしています。
ここであえて未来へ向けての希望を語るならば、今回の災厄も、新しい芸術作品を生む契機となるかもしれません。本ペーパーにて提言した政策が一部でも実現することにより、そのような未来が実現することを祈念しています。
文責:Active Archipelago 共同代表 太下義之(文化政策研究者)
註
- 1.active-archipelago.com
- 2.会計検査院(2018)「官民ファンドにおける業務運営の状況についての報告書(要旨)」
- 3.現代ビジネス(2018年12月11日)
- 4.毎日新聞(2019年6月16日)
- 5.Business Journal(2019年8月19日)
- 6.毎日新聞(2019年10月23日)
- 7.本提案は、太下義之(2017)「文化政策としてのアーカイブ ―周回遅れからの逆転のために―」, REAR 39号をもとにしている。